北条早雲、という名前を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
戦国時代の始まりに、低い身分から戦国大名に成り上がった人で、他の国のお家騒動に乗じて侵略を繰り返し、大大名になりました。
その経歴のせいか、教科書を見ても「国を乗っ取った人」くらいに悪く書かれていることが多く、個人的には釈然としないものがありました。
なぜなら、そんな国を乗っ取るくらいのことをする人が、ただ知恵の回る悪い人間であるわけはなく、それなりの人間的魅力で周囲の人を惹きつけ、政策により民を惹きつけてきたと思ったからです。
司馬遼太郎の「箱根の坂」という本は、北条早雲を題材にした歴史小説で、僕はこの2週間の間、暇を見つけて読んでました。
早雲は、京都で有名無実の足利政権を見、諸国を旅する中で、守護の税や徴兵に苦しめられる民を見続けて、無能な室町将軍や守護に疑問を持ったようです。
早雲の姿勢は、「四公六民」という安い税、それ故の早雲自身の質素な生活、安い租税の元で戦乱を生き抜くために、より広い領土を求めるもの。
その結果が「国の乗っ取り」であったらしいです。
少し贔屓目での評価だとしても、教科書で教わった「早雲像」よりも、司馬の「早雲像」の方が遥かに説得力があります。
かつて孟子は、皇帝への忠誠をときながらも、悪い皇帝を倒すことは容認していました。
「国を乗っ取った」早雲も、孟子の目からは良い評価が得られるのではないでしょうか。
今までいろいろな戦国大名を見てきましたが、北条早雲のスタイルに一番共感を覚えます。
僕は、先週までの研修で、山口県で介護やゴミ処理などの現場を見てきました。
暇を見つけては、町を歩き、人々の生活に触れ合って、「何をすべきか」を常に考えていました。
そのような現場を見続け、抽象的な政策、机上の政策のみに終始しないようにやっていきたいと思っています。
そして、早雲を見ていると、何となく自分のやり方を認めてもらえた気がするのです。
(今後は、1日1回、しょうもない内容でも更新していこうと思います)
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これからは、一つのブログに一つの言葉を書いていこうと思います。
「古今の雑多な金言名句などは、たがいに矛盾していて役に立ちにくいものだ、聞いても忘れやすいものである。この氏綱のいうことならば、忘れることはないだろう」
北条早雲の息子、北条氏綱が、死の際に、氏綱の息子の氏康に宛てた文です。
「急がば回れ」「善は急げ」など、格言として残る古い言葉は確かに意味深いが、抽象的すぎて現実に適応できるかは分からないし、矛盾しているものも多いですよね。
僕自身、最近「ゴルギアス」「方法叙説」などの古典を読んでいて、確かに趣深いものがありますが、抽象的すぎて「じゃあ一体どうすればよいの?」と聞きたくなることもあります。
何となく分かった気になりますが、そこで得た知識が自分の判断を助けているとは思えません。
それに比べて、現役の人の言葉は重く、心に残ることが多いです。
古典を軽視するわけではありませんが、とりあえず僕は、尊敬できる「人」に会い、意見を交わしていきたいと思っています。
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